「リック・・・リチャードは隣のお兄さんだった・・・」
どれくらいの沈黙が流れただろうか。辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、俯いたまま恵夢は言った。
「だった・・・? 過去形?」
栗栖が訊いた。
「死んだんだ・・・・・自殺したらしい・・・・俺の知らない間に・・・・俺の知らないところで・・・・」
そして顔を上げた恵夢は能面のような無表情で、先ほどまでみせていた感情を全て押し殺しているかのようだった。
「トモ・・・俺の何が知りたい?」
真っ直ぐに灯を見つめた恵夢は笑顔さえ浮かべてみせて、灯は言葉を失った。 栗栖と石塚も声もなく顔を見合わせるしかできなかった。
結局、恵夢は送ってもらうことにしたので、4人でブラブラと駅までの道を歩いていた。
「本当はまだ話したくない・・・・・ってゆーか、話せないんだ・・・・リックが亡くなってからまだ1年も経ってないし・・・・・」
俯いたままポツポツ話す恵夢にも、自分と同じような深い傷があるのだということが、灯にもわかった。
「無理に話さなくてもいいよ、メグ・・・・悪かったな。俺、頭に血が昇っちまって、ヒドイこと言ったよな・・・・」
灯はメグの肩をポンポンと叩きながら言った。
「経験者だから言うけど、話せばスゴク楽になるから・・・俺、待つから・・メグが話してくれるの・・・」
「ありがとう・・トモ・・・」
恵夢は顔を上げると微笑んでみせた。
「今、俺はじいさんチにいるんだけど、よかったら泊まっていかないか? じいさん達は仕事でヨーロッパに行ってるから俺一人なんだ・・・・ただ広いだけの古い家だけどさ・・・・今夜は一人でいたくないんだ・・・」
「俺はいいぜ。でも、メシはメグが作ってくれるんだろうな? 俺ナニもできないぜ」
微笑んでいるものの、恵夢が無理をしているのはバレバレで、返ってそれが痛ましくて、灯はそれに気づかないフリで応えた。
「俺だってできないけど大丈夫さ。駅前には便利なコンビニがあるからね」
灯の気遣いがわかった恵夢は、同じように軽口で返した。
「俺は弁当一つじゃ足りないからな。それに保護者がいないならビールも欲しい」
石塚が引き攣った笑顔で言ったので、恵夢は吹き出した。
「ヤだなぁ・・・みんな・・そんなに気を使って・・・・」
笑いながら顔を両手で覆って泣き出した恵夢をそっと抱き締めたのは、それまで黙って様子を伺っていた栗栖だった。
「泣きたい時には無理して笑うことはないんだ。そういう時の為に俺達がメグの傍にいるんだから、ガマンせずに頼れよ」
声を押し殺して泣く恵夢を優しく抱き締めている栗栖を横目で睨んで、灯はチェッと舌打ちした。
「ズッリーよな。おいしいトコばっか持っていくんだから・・・・」
ブツブツ文句を垂れている灯の隣では、石塚が苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「仁を貸し出すのは今回限りの特別サービスだからな。次からは吉原の胸で泣けよ、メグ」
ふて腐れている石塚がなんだか可愛くて、恵夢の涙はやがてすぐに治まった。
「すいません・・・迷惑かけて・・」
頬を染めて謝る恵夢の頭を、栗栖はグリグリ撫で回した。
「いンだよ。可愛い後輩の面倒をみるのは、先輩の努めさ」
電車で15分ばかり揺られた住宅街に、恵夢の祖父の家はあった。
小さいながらも雑貨商を営んでいる祖父は2代目で、3代目である恵夢の父はアメリカに拠点を置いていた。
「あれ・・・誰だろう? こんな時間にお客さんかな・・・」
ただでさえ梅雨で薄暗い上に、既に午後7時を回っていたので、辺りは随分と暗くなっていた。なのに、門前には傘をさした人物が佇んでいた。
【クリス・・・・】
振り返って恵夢を見たその人がしゃべった。
「えっ、俺?」
栗栖が自分を指差して、驚愕に目を瞠った。
無理もない。
振り返ったその人は恵夢の家の前にいる上に、女性で、しかも外国人なのだから。おまけに栗栖には外国人に知り合いはいなかった。
【クリス・・・・逢いたかったわ・・・・・】
「げっ、英語だ・・・」
石塚と灯は、訳がわからずに目を真ん丸にしている栗栖と、同じく呆然としている恵夢を交互に眺めていた。