【もう、来てくれないかと思ってた・・・】
次の日、レッスンの後で訪れたクリストファーを見て、リチャードは安堵したように破顔した。
【あの・・・・あのさ・・・・俺・・・・】
勇気を振り絞って逢いに来たのはいいけれど、何を話せばいいのかわからずに俯いたままのクリストファーに、リチャードは喜びに奮える声で言った。
【さあ、お入り。レイチェルがクッキーを焼いてるんだ・・・】
お転婆なくせに、レイチェルの焼くクッキーは絶品だった。その訳は、父親の会社の若き新入社員マイケルの気を引きたくて、母親の猛特訓を受けたからだったのだが、その成果はあったようだ。
レイチェルがハイスクールを卒業したら、二人は結婚することになっている。
【あ・・・今日はマイケルとデートなんだ?】
【そういうこと。さ、早くお入り。コーヒーを淹れてあげよう】
リチャードはクリストファーの腰を抱き寄せるように、家に招き入れた。
その途端、クリストファーの身体はビクンと強張ってしまって、リチャードは慌てて手を離した。
【ゴメン・・・・怖かった?】
【ううん・・・大丈夫・・・・】
そう答えながらもクリストファーの笑みは引き攣っていたので、リチャードは悲しそうに目を伏せた。
【クリス、来たのね】
バニラの甘い香りが漂ってきて、レイチェルがキッチンから顔を覗かせた。
【ハイ、レイチェル。マイケルとデートなんだって?】
多少ぎこちなくはあったけど、クリストファーは笑顔で応えた。
【ええ、クッキーが今焼きあがったから、一緒にコーヒーでもいかが? もうすぐマイケルも迎えに来てくれるから】
レイチェルは少し恥ずかしそうに頬を染めながら、二人をお茶に誘った。
【ラブラブなカップルの邪魔をしちゃ悪いから遠慮しとくよ、と言いたいところだけど、レイチェルのクッキーを食べ損ねたら後々後悔する羽目になるから、ごちそうになるよ。その代わり、悲しき独り者達を刺激しないでくれよ】
リチャードはウインク付きで答えた。
【まぁ、モテるくせに好き好んで独り者でいるのは兄さんの勝手じゃない。そんなイジワル言ってないで、さっさと誰かとくっついちゃえばいいのよっ。コーヒーは兄さんが淹れてよねっ!】
レイチェルは拗ねて、プイッと背中を向けるとキッチンに戻って行った。
【・・・だってさ。クリス、俺とくっついてくれる?】
口調は軽かったがリチャードの目は真剣で、クリストファーは何も答えられずにまた俯いてしまった。
【返事は急がない・・・・だから、クリス・・・・真剣に考えてほしいんだ。もう、隣のお兄さんってだけの関係じゃ満足できないんだ・・・】
【リック・・・・】
【さあ、とびきりおいしいコーヒーを淹れて、未来の年上の義弟を迎えるとするか】
リチャードは俯いたままのクリストファーの手を引いて、レイチェルの待つキッチンへと入った。
【クリス・・・こっち向いて・・・】
レイチェル達が出かけていくと、リチャードはクリストファーを自室に連れていった。
【怖がらないで。クリスがイヤがることは何もしないから・・・】
そして、ベッドに並んで腰掛けた。
【リック・・・俺・・・】
いたたまれなくなって見上げると、リチャードが慈しむように見つめていた。
【目を閉じて・・・】
高くも低くもないリチャードの囁くような声に、クリストファーは催眠術にかかったように、目を閉じた。