「軽音?」
目をテンにしたサッカー部員が訊いた。
「はい」
笑顔で灯が答えた。
「冗談はやめてくれっ!」
バスケ部員は灯の肩を揺すぶった。
「掛け持ちでもいいからっ!」
泣き落としにかかったバレー部員に、灯は首を振った。
「俺、走れないんですよ。だから運動部は無理なんです。すいません」
「走れないって・・・そんな・・・ウソだろ?」
絶句するラグビー部員に灯は笑顔のまま答えた。
「骨折してヒザを砕いちゃったんで、無理なんですってば」
引導を渡され潮が引くように灯の周りから人が消え失せると、青ざめた恵夢が立ちつくしていた。
「メグ、顔色が悪いぜ」
「トモ・・・・ホントなのか? 走れないって・・・」
まるで自分の方が走れなくなったランナーのような悲痛な面持ちで、恵夢は灯を見上げた。
「んー、ホント。俺ね、中学ん時はバスケやってたんだ。キャプテンだったんだぜ、これでも。でも3年の夏に引退してから事故でヒザを砕いちゃったんだ」
「そうだったのか・・・・」
「まぁね、無免許でバイク乗りまわしてたから自業自得なんだけどさ。リハビリして普通に運動できるほどには回復したけど、プレイヤーとしては無理って訳。OK?」
灯は明るく話していたが、恵夢は泣き出しそうになっていた。灯の無念がトラウマを抱えている自分にも痛いほどわかったから。
「メグ・・・・そんな顔するなって・・・俺はもう乗り越えたから・・・・」
心配そうに顔を覗き込まれて、恵夢は大きく頷いた。そして、笑顔で言った。
「さぁ、入部届けを出しに行こう」
「なーんかヘンな感じだよなぁ・・・」
灯の家のピアノを弾きながら、恵夢がポツリと言った。
「まあな・・・・」
軽音部には部室がなかった。
『練習は休み時間や放課後、各自テキトーにやること。場所もテキトーに見つけてやるように。ただし、責任もってな』
入部届けを出しに行くと、部長だと名乗った石塚は、ノートに二人の名前とクラスを書きつけると、そう言ったのだった。
『それから、週に1度金曜日にミーティングするから。それは俺のHR、3Aでやるから忘れずに出席するように。それじゃ、よろしくな』
呆気にとられている二人の手を取ると、石塚は嬉しそうにブンブンと振りまわしたのだった。
「初めてのミーティングは明後日だって?」
ポロンポロンと、練習する訳でもなくギターを爪弾きながら、灯がつぶやいた。
「うん・・・・」
恵夢も自分達の曲でなく、クラシックなピアノ曲を弾きながら答えた。
「いい曲だな、ソレ。どこかで聴いたことあるよ」
ギターを抱えてソファに沈み込んだまま灯が言った。恵夢は手を止めることなく返事した。
「ドビュッシーの『月の光』だよ」
ギターをソファの上に投げ出して立ちあがった灯は、恵夢の傍にやってきた。
「なに?」
「ん・・・よくそんなに指が動くなって思って・・・」
灯が感心するのに恵夢はクスッと笑った。
「何言ってんだか。トモの早弾きだってすごいじゃん」
「死に物狂いで練習したから・・・・」
「え・・・・?」
指を止めた恵夢は思わず灯を見上げた。灯は何かを堪えるかのように口唇を噛み締めていた。
「トモ・・・・?」
「事故ってヒザがダメんなって荒れてた時・・・アニキが・・・アマのバンドやってんだけど・・・ギターやってみないかって・・・・・バスケができなくなって持て余してた情熱みたいなモンをみんなギターに注ぎ込んだ・・・でないと悔しくて情けなくて押し潰されそうだったから・・・」
「トモ・・・」
心に負った傷を白状すると、灯はふっきれたのか笑顔を見せた。