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「え?」
「メグ?」
「あ・・・・・」
 注目を集めてしまって真赤になった恵夢に、遅刻してきた栗栖はニコッと笑って右手を差し出した。
「君も栗栖ってのかい? 僕は栗栖仁(くりすひとし)。もしかして遠い親戚だったりしてね。ヨロシク」
 栗栖は石塚と色違いのスカイブルーのバンダナを頭に巻いていた。
「いえ、あの・・・俺は吉永恵夢・・です・・・」
 恥ずかしさのあまり、蚊の鳴くような声で名乗った恵夢に、周囲からざわめきが起こった。
「ん? 吉永? じゃあ、なんで返事したのかな?」
 苦笑する栗栖に恵夢はボソボソと言い訳をした。
「緊張してて・・・・それで・・・・すいません・・・・」
 俯いてしまった恵夢の頭をポンポンと叩くと、栗栖は演劇部でなく軽音部で磨きをかけたのだろう、魅力ある美貌をほころばせた。
「気にすんな。石塚はあんな強面だけど、とって食ったりしないから。ほら、リラックスして」
 やわやわと肩を揉まれて、恵夢の強張っていた表情もほどけてきた。


「一体どうしたってんだ? 今日のメグ、変だぜ」
 帰り道。駅までの道のりをゆっくりと歩きながら、灯はあれから沈みこんでいる恵夢の顔を覗き込んだ。
「ん・・・・自分でも呆れるくらい緊張してたんだなって・・・ホラ、部長ってあんなコワモテだし・・・・自己紹介はトモの後だったから・・・なんて言おうって考えてたんだ・・・」
 しどろもどろに言い訳をする恵夢に、灯はそれ以上突っ込んではこなかった。
「そっか・・・それより、ビックリもんだったよな・・部長と副部長が恋人同志だったなんてさ・・・」
「う・・・うん・・・」
 全員が自己紹介を終えると、石塚は自分のユニットの相棒でもある栗栖を抱き寄せ、新入部員の前で爆弾宣言をカマしたのだった。
『コイツは俺のモンだから。手を出したヤツは容赦しないから、そのつもりで』
 そして、俺のモンよばわりされた栗栖は、またかと呆れ顔の部員と、真っ白になってフリーズしてしまった新入部員の前で、石塚に強烈なアッパーを喰らわせたのだった。
「栗栖先輩ってさ、あんなに華奢なのにスゲエ強いのな?」
「ボクシングやってんだってさ」
「うへぇ・・・マジ?」
 入部早々大ボケをかました恵夢は、栗栖に大いに気に入られたらしく、ずっと傍におかれた。殴られて反省の態度を見せる石塚が、顎をさすりながら謝っても、おだてても、宥めすかしても、ツンとソッポを向いたまま、ずっと恵夢のことを構っていたのだ。
「うん、マジ。身を守る為に、中学の頃からやってんだってさ」
「そっか・・・あれだけの美形だったら誘惑の手は多そうだもんな・・・」
 納得、とばかりに灯はウンウンと頷いた。
「石塚先輩が睨みを利かせなくても、あんなアッパーを見せられたら、手を出そうなんて気にはならないよな・・・」
「うん・・・メグがボクシングをやってなくて良かったよ。でないと俺、あんときヒザだけじゃなく、顎まで砕かれてたかもしれないもんな」
「トモ!」
 灯の失言を詰るようにも恵夢は口唇を噛みしめると俯いてしまった。
「ゴメン・・・・言い過ぎた・・・」
 怒りのためか握り締められた恵夢の拳が小刻みに奮えている。灯は宥めるようにそっと包み込んだ。
 その途端、弾かれたように間を上げた恵夢の目には、うっすらと涙がにじんでいて、灯は自分の不用意な言葉が恵夢を傷つけていたのだと思い知った。
「あっ、メグ!」
 握られている手を振り払って身を翻した恵夢を追いかけようとしたが、ヒザが悲鳴を上げたので灯は派手に転んでしまった。
「トモ!?」
「いってぇー!」
 左のヒザを抱えてうずくまった灯の元に、恵夢は駆け戻ってきた。
「大丈夫か?」
「ちょっと痛い・・・自業自得だけど・・・・」
「バカ・・・」
 灯の後頭部を軽くはたくながら、恵夢は恨めしそうに睨みつけた。
「ゴメン・・・嫌いにならないで・・・・・」
 灯は小さくつぶやいた。
「ホントーにバカ・・・これくらいで嫌いになるくらいなら親友なんてしてないっての・・・」
 恵夢の言葉に灯は嬉しそうに笑った。
『やっぱ、好きだ・・・・・』